言葉【世界は「言葉」でできている「言葉」が世界を創る】
人は「言葉」で概念を認識します。









例えば、テレビは「テレビ」という言葉で、パソコンと
区別されているわけです。パソコンは「パソコン」という
言葉でテレビと区別して概念を認識できるわけです。
人は言葉で違いを認識しているのです。


日本では「虹は7色」と小さい頃から
言い聞かされてきました。


では、日本ではなぜ、7色なのか?
だって、同じ虹を見てアメリカでは6色だと言うし、
3色だという国もあるし、なんと15色あるという
ところもあるようです。


日本では「虹は7色」だという言葉があって
日本では虹はそのようものだという概念があるのです。
昔から、言葉でそうだと植え付けられ続けてきたのです。
言葉によって概念が作られて、日本人はそれを認識しているから、
「虹は7色」なのです。


言語化されて導き出される概念によっては、
同じ世界であっても見方が全く変わってくるということです。


例えば「肩こり」という言葉は外国にはありません。
でも、外国人が「肩こり」という言葉を知って、
日本で暮らしていると「肩こり」を経験するといいます。


また、同じ犬の鳴き声でも日本語では「ワンワン♪」ですが、
イタリア語では「バウバウ♪」、スペイン語では
「ジャウジャウ♪」です。面白いですよね。


「言葉の持つ力」って本当にスゴイものがあります。


だから、新しい概念を言葉によって誕生させて、
それを世の中に浸透させれば、それは物凄い影響力があるわけです。
そう考えると、言葉を作れる人、そこに新しい概念を作れる人、
そしてその新しい概念の意味内容、コンセプトを世の中に説明し
浸透させられる人が、ビジネスで、セールスで大成功する人に
なり得るといっていいでしょう。


「草食男子」「肉食女子」という言葉があります。
「草食男子」とは、性格は穏やかで協調性があるけど、
恋愛に積極的ではない苦手意識を持つ男子たちを言い表した言葉です。


それまで、一般的な男性像として、恋や女性を手に入れるため、
自ら積極的に行動を起こすものというイメージがあったけど、
でも、そうじゃない男性も昔からいたわけで、
その男性群にフォーカスして概念づけられた言葉なのです。


「草食男子」という言葉が生まれなければ、
そういった男子群を、私たちは認識できなかったわけだし、
でも、それができたおかげで、そういった男子群は「草食男子」なんだ
ということで一括り認識できるようになったわけです。

「肉食女子」とは、恋に対し、積極的に行動する女性のこと。
草食男子という言葉が生まれれば、当然、その対語として
生まれてきてしかるべき言葉、概念です。


また、ノマド的ライフスタイルという言葉、そして概念も同じです。
そもそも「ノマド」とは、あちこち場所を移動しながら暮らしている
遊牧民を指すのですが、そこから私たちの新しいライフスタイル、
ビジネススタイルの一つとして「ノマド的・・・」という
新しい言葉が生まれて、そして新しい概念として定着したのです。


そのほか、古いところでは「しょうゆ顔」「ソース顔」といった言葉も
その言葉によって新しい概念が誕生したといっていいでしょう。


そう考えれば、新しい言葉を誕生させる、そして、新しい概念を
創るところに、なにか大きなビジネスチャンスが秘めている感じが
ヒシヒシありますよね。
あるいは、今まである言葉に新しい概念を付けくわえることができて、
それを浸透させられる人がビジネスで成功する人だと思いますよね。


それは、自分の価値観、世界観、自分軸、アイデンティティ、
ビジネスコンセプトを標榜するときも同じだと思います。
自分の肩書、お客様に提供する商品の価値でも同じでしょう。


相手に分かってもらえるために、それを言語化して
繰り返し繰り返しそれを表現し続けて、
意味内容を浸透させていくことで相手は理解してくれます。


それが、ネットビジネスをやっている私たちが推し進める
「ダイレクト・レスポンス・マーケティング【DRM】」の
「教育」に当たります。

「教育」という言葉をもう少し違う言い方にすると、
まさに「共感」してもらうということなんだけど、
「こういった考えっていいよね!」とか
「こういった取組みをしていこう!」とか
「こういったライフスタイルっていいでしょ!」といった、
いわゆる価値観の摺合せをするということです。
浸透させるということは「価値観の摺合せ」のことだと
思っていいでしょう。


よく、ネットビジネスを取り組んでいる人、
もちろん自分もそうなんだけど、ネットビジネスで成功すると
「自由になる」といいますよね。
私は「経済的自由」「時間的自由」「精神的自由」の獲得
を言っていますが、


一言「自由」といっても非常に多義的な概念ですよね。
人によっては「自由」というのを「何をやってもいい、まさに
自由奔放に生きていく」って感じの「自由」をイメージする
かもしれません。


でも、私なんかは「自由」といえば、そこには必ず表裏一体に
「責任」という概念が付いてくる。自由を享受するには、
それ相応の「責任」を負わなければならないものと考えるのです。


同じ「自由」といっても、人によって捉え方が異なっていて、
この辺の価値観の摺合せをしなければ、最終的には認識の違いで
見込み客のレベルまでいかないことになりかねないのです。


言語学で「シニフィアン」と「シニフィエ」という用語があります。
「シニフィアン」とは【言葉や記号】のことで、
「シニフィエ」とは【その言葉や記号に対して人が連想する像、
イメージ】をいいます。


同じ言葉でも、その言葉から抱くイメージは
十人十色だということです。


まさに、先ほどの「自由」という言葉一つをとっても
人によっては様々なイメージを持つわけです。
そのほか「愛」という言葉も同じです。同じ「愛」でも
男女の間の「愛」、親子間の「愛」、友情レベルの「愛」と
様々あるので、人によって様々なイメージを持ちます。


だからこそ、そこには価値観の摺合せ、すなわち「教育」が
必要なのです。一つの言葉に共鳴して参加したけど、
「教育」の過程で、どうしても認識の違いを埋められずに
去っていく人もいれば、共通の認識を得て、そこに共通の
概念がうまれ、そこに共感が生まれ、
そして、ビジネスが成立することにつながるのです。


だから、なにか言葉、コンセプト、価値を発した場合、
それは「これこれこういうものです」と言い続けることが
とっても大切なことです。
共通の概念をイメージさせて、そこに共感を得てもらうのに
とっても大切なことなのです。

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