とろろ「オリジナル(Original)」の意味を調べてみると、一番目に複製とか複写に相対する概念として表されます。二番目に「独創的なもの」とか「独自なもの」という意味が表されます。ここでは、二番目の意味で「オリジナル」について述べてみます。







コンテンツビジネスを目指している人間にとって、
コンテンツの「オリジナル性」というものは、
大いに気にする概念かもしれません。


自分の頭で思考を繰り返して構築されたオリジナルな
意見、コンテンツが公開されて、それが皆さんから
少なからず良い反応をいただければ、
それは嬉しいものです。


でも、それが「完璧にオリジナルか?」と問われると
答えはNOですよね。


ほぼ、全ての分野で、人は、必ず先人の発明、発見、
考えやアイデアに着想、ヒントを得てそれに自分なりの
視点でまとめたものであるはずです。
だから、まるっきりのオリジナルなんてものはないわけです。


・・・なんてことを、もっともらしく言ってしまいましたが、
本当は、そんなことを言うつもりはさらさらないのです。


実は、目の前のコンテンツが「オリジナル性アリ?」
「オリジナル性ナシ?」なんて話しはどうでもいい話です。


要は、そのコンテンツが、受け手に「価値」を与えているかどうか、
「価値」あるものと受け手に認識させているかどうかのほうが、
ずっと大切な問題なのです。


仮に、100%オリジナルなるものが存在したとしても、
それが、何らの「価値」を生み出していなかったら
何ら意味がありません。
だから「オリジナル」であるかどうかは、受け手にとっては
どうでもいい話しなわけです。


でも、送り手からみると、まるっきりパクってしまうのは、
人として思いっきり後ろめたさが残るので、そういうことは
絶対にやらないというあくまで送り手だけが
こだわっている話なわけです。


ところで、さっき「価値」の有無が重要だといったものの、
もちろん、最終的にはそうだとしても、さらに突き詰めていえば、
実はそのコンテンツに本当の意味で「価値」があるかどうか
なんてこともわからないのです。


受け手にとって、そのコンテンツを手に入れるか否かの
判断材料として、オリジナル性の有無はどうでもいいにしても、
「価値」があるか否かは重要です。
にもかかわらず、真に「価値」があるかどうかなんて
わからないとなると、いったい、どうしたらいいのでしょうか?


私たちが絡んでいるインターネットの世界では、
玉石混淆の情報で溢れかえっています。


そいういったなか、コンテンツに「価値」があるか否かを
判断する材料、スキルを持ち合わせていない受け手とって、
その代わりとなる判断材料は、コンテンツの提供者が
そのコンテンツを創作して提供するに際に、並々ならぬ思いや
信念をもっていると感じ取ることが判断材料とせざるを
得ないのではないか?


つかり、そういった人的世界観に共感を覚えて信頼感を
抱けるか否かが、有力な判断材料としてクローズアップされてくる
といってもいいでしょう。


今の時代「〇〇さんのコンテンツだからこそ「価値」があるはず!」
という「〇〇さんだから」に重きを置くのが、基本的な考え方
なのでしょう。


要するに、以前にテーマとしてとりあげた「キュレーター」の
話しになるのでしょう。


ところで、ここで話しは戻って、あらためて、自分がコンテンツを
提供する立場として、あえて冒頭の「オリジナル性」の話しに
こだわってみます。


思うに、コンテンツが先人の教えを重要なヒントに構築された
のであっても、送り手がそのコンテンツにはそれ相当の価値が
あると信念をもって主張するならば、それは自分の思考で分析して、
さらに自らの価値観で再構築されたものといえます。


それは自信をもってオリジナルであるといってもいいです。


要するに、自分がそのように思えばそうなんです。


今回の記事は、思考しながら書いていったので、
案の定、まとまりのない見解になってしまいました。
読みづらくて申し訳ありませんでした。


要は、何を言いたいかというと・・・・・??????

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